もうちょっとのんびり生きようっと。魅力的なコンサルタントになって、みんなを幸せにしたいです。
ぶろぐろぶを超えろ
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仲直りの方法
2009-02-26-Thu  CATEGORY: 心の声
一度壊れてしまった人間関係ってどうやったら修復できるのかな。俺はそいつが苦手な方だ。恋愛関係がくずれたらどう戻していいかわからなくなるし、友達関係だってそうなることもある。

好きになった相手と微妙な関係になると、俺は「もういいよ!」って言ってしまって、関係を切ることで忘れようとすることが多い。本当は心の中では「良くない」のに言ってしまって、その後、「もう一回話してみようかな」とか思っては、悩むけど話しかけられないみたいになってしまう。

いつも自分から縁を切ってしまっていたな・・・って思う。
向き合うことも、ちゃんと伝えたいことも伝えられずにね・・・

昔好きだった相手で、普通に話しができる関係でいるのは一人だけですね。その子ともけんかをして、俺が「もう連絡しない」って伝えて、ずっと何年も話すことはなかったのですが、MIXI上で再開して、戻せることができました。それは、とてもうれしかったです。


長岡の子のときは、縁を切るのは良くないと思って、もう一度自分から連絡をとってみたのだけど、全然だめだった。「これ以上の関係を求められても迷惑なんですよ」って言われて、「自分から言い寄ってきたくせに」ってなって、信じられなくて、すごい傷ついて、いらいらして。それでいつもと同じように縁を切ってしまう。

でも、それじゃいけないんだって思った。せっかく仲良くなったはずなのに悲しいし、また縁を切ったことを後悔してしまうだろうし。

人間関係が壊れる⇒縁を切る

というのはやめにしよう。すごい腹立つことを言われたけど、むこうもそれを後悔しているかもしれないし、あんなに好きな態度だったんだから、悲しんでるかもとかも思ってて、あほですが最初はそれで連絡をもう一度とろうと思いましたね。


なんでせっかく知り合って、仲良くなったのに、
それが消えてしまうんでしょうね。
何のために人は出会うんでしょうか。
友人関係も恋愛関係も、俺は本当は壊したくなかったし、出来れば全ての壊れてしまった関係を修復したいと思っています。

もう一度話したい友人も、もう一度話したい元恋人が沢山胸の中に存在します。

もう一度話しをしたり、もう一度一緒に笑ったり、そんな普通のことができなくなるのは悲しいですね。知り合った全ての人たちと、いつまでも良い関係を築けること。
それが一番幸せなことだと、そう信じているのですが
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ベリングポイント破綻⇒日本法人は継続へ
2009-02-22-Sun  CATEGORY: 政治・社会への雑感
2月18日ベリングポイントが日本の民事再生法にあたる
連邦倒産法第11章の適用を申請し、事実上の破綻にいたりました。予想通りですね。
もうだめだったようです。

べリングの経営状態

再建できるのでしょうか・・・・

日本はどうなったのか見てみたら、どうやら別法人扱いで継続するようです。
いずれにせよ、信頼が薄れるとは思いますので、厳しい経営であるとは思いますが・・・

http://www.bearingpoint.co.jp/portal/site/japan/menuitem.5f2134641a23724bad496d10856106a0/?vgnextoid=05e30db395b8f110VgnVCM100000de03620aRCRD&vgnextchannel=3f8da16349ff1110VgnVCM100000de03620aRCRD
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なんで嫌いにならないの?
2009-02-17-Tue  CATEGORY: 心の声
なんでそこまでされて嫌いにならないの?

日曜日に女の友人と話しているときに、そう言われた。

その女の子は恋に恋していて、自分のことしか、見えていないじゃん!
あなたの気持ちを全然考えてくれていないし、ふるにしても誠意が
全くないじゃない?そんなことされたら、普通は嫌いになるでしょ?
嫌いになれば楽になるよ。

だってさ・・・・

嫌いになると楽になるか、そうかもしれない。
嫌いな相手なんて、どうでもいいだろうし、ただ遠ざければすむもんね。

でも、俺は一度好きになった相手を嫌いになんてなれないからなあ・・・
好きになった相手はずっと好きというか、変われないんだよね。
だから、それ以上に好きになる相手が現れない限り、忘れることができないし
苦しいしで、大変なんだよね 汗

それに、彼女も悪気があったんじゃないんだろうからね・・・
彼女も俺を好きにさせて新潟まできてくれたのに、ふるなんて思ってなかったんだろう。
あのときの彼女は本当に一生懸命だったと感じているので・・・

ただ、そのときは好きなような感じになってしまって、本当に
急にさめちゃって、どうしてよいか分からなかったんだと思う。
きっと悪気はなかったんだよね。
ただ、まだまだ子供だっただけで・・・

だからこそ、なおさら彼女を嫌いにもなれないし、恨んでもいない。
ただ、最後まで一度もまともに向き合ってもらえず、ずっと自分だけ被害者みたいな
態度なのが悲しいけどね。

俺の方はもう嫌われちゃったけど。
ただ、会いに行ったときの気持ちがずっと変わらなかっただけなのに
同じ気持ちでも、相手が変わると嫌われてしまうって皮肉だね。

ただ、俺の方だけ好きな気持ちが、悲しい気持ちがずっとさめない。
ただ、それだけのこと。

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さよならケビン、ありがとう。
2009-02-11-Wed  CATEGORY: 未分類
昨日、16年と10ヶ月あまりを生きてきた愛犬が死にました。
小学校5年、杉並区から東村山に越してきた、最初の夏に彼は家の庭に
迷い込んできました。3ヶ月くらいの子犬で、気づいたら庭にいたのです。

スキャン0013

俺はホームアローンの主人公の名前から、彼を「ケビン」と名づけました。
小学校から中学校のときは犬の散歩によくでかけていた。今は家がたってしまったけど
近くにはらっぱがあって、「犬の広場」と呼ばれていて、たくさんの犬が夕方にくると
集まってきた。そこにつれてって、他の犬と遊ばせたりするのが楽しかった。

スキャン0010

ひもが抜けるとすぐ逃げ出すし、頭は悪かったし、食い意地がはっていたし、
だめな犬だったけど、子供のころをずっと過ごしてきたケビンは大切な家族になっていました。

スキャン0011

家には猫がいっぱいいて、初めての犬だった。
新しい猫がくると、いつも大騒ぎして大変だったな。

スキャン0015

でも、基本的にはやさしく接してくれていた。
16年もよく生きてくれたよね。
いつも家に帰るといてくれた、彼はもういない。

ずっといてくれてありがとう。
家族になってくれてありがとう。
16年間ずっとありがとう。
さようなら。ケビン。


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消え行く命を
2009-02-11-Wed  CATEGORY: 日々の雑多な記録
夜中に遠吠えのような、叫びを聞いて起きた。
うちの犬が出しているようだ。
彼はもうすぐ死にそうだ。最後の命の叫びのようだ。

小学生のときに東村山に引っ越してきた年に、子犬だった彼は庭に迷い込んできた。
それから16年の月日がたった。もう彼の寿命が短いのだろう。
うちはたくさんの猫を飼ってきたが、犬は彼だけだった。
そんな彼が最後に戦っている。
動物の最後はたいてい、醜い。
あきらかによぼよぼになって、臭いにおいを出すようになる。
だから、あまり触りたくもなくなってしまう。
命の最後とはそういうものなのだ。
たくさんの猫を看取ってきたが、どれもそうだった。

動物を飼うことは覚悟が必要だと思う。
こんな最後を向かえることが必ずあるという覚悟だ。
どんなに愛情を注いでも、どんなに大事に育てても
いずれおとずれる命のおわりの瞬間・・・
臭くなった彼を抱けるのか、
そこら中に糞をたれながし、
近いのか、夜中に散歩を強要してくるし、
変なおできができていて、そこら中を汚して、
臭いにおいがするのだ。

それが動物の最後のころのすがただ。
もう彼は永くない。
そんな彼の命の叫びで眠れない。
「うお~、うお~」と苦しんでいるのだ。
最後を見守らないといけない。
それが命を預かった義務だ。


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人の夢で笑うな
2009-02-06-Fri  CATEGORY: 日々の雑多な記録
最近は平気だったのですが、また憂鬱さに落ちるようになってしまった。
心配かけて申し訳ないです。

テレビで狩野えいこうが歌手になるというドッキリをやっていたらしい・・
概要だけ見たけど、ひどいな。人の夢をもてあそんで笑うなんて最低だと思った。
目の前でつかみかけたのに、失うことの悲しみ
自分がそれに苦しんでいるだけに、全然違う内容だけど、他人事ではない気がしました。
それを笑いにして、お金をかせぐなんて人間は心がないです。
それでどれだけ、人が傷つくのかを想像できないのだろうか・・・
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人を好きであるということ。
2009-02-02-Mon  CATEGORY: 心の声
好きであるということは、人それぞれだと思う。
だからこそ、俺の恋愛は俺の恋愛なんだから、こういう感じにしか人を好きになることなんてできない。

昨年の秋ごろ、彼女に自分の苦しみをわかってほしいし、
なんで変わっちゃったのかを知りたいんだって、友人に伝えたとき

そんなこと知っても意味ないと言われて、その気持ちすら分かってもらえなかった。
相手に気持ちがなくなったら、恋愛は終わりなんだから、そんなの忘れて新しい恋をするべきだと彼は言った。

それは一つの正論なんだと思う。恋をして、終わったら新しい恋をして、人間関係を切り替えて、二度と会わなかったり、友達に戻ったり、それも人それぞれなんだと思う。

でも、好きな気持ちを割り切れる人がいるのと同じように、割り切れない人間だっているんだ。
好きになったら、それが全てで、ずっと一緒いたいと思える。そんな簡単に割り切れない人だっているんだ。

俺にとってはずっと一緒にいたいと思った相手だったから。だから、その理由を知るのはとても大切なことだった。ずっと好きでいてくれたと思っていたから、だからずっと忘れられなかった。どこかで、また戻れるんじゃないかって、感情があって、忘れられないでいた。好きでいてくれたと信じていたからだ。

付き合おうってなった瞬間に、
一番好きな感情がピークになっている瞬間に、
分けも分からず失ったのです。
ずっと理由を知りたかったのです。
信じていたかったのです。

じゃなきゃ、ひたすら長岡で待ったりなんかしなかった。
ずっと、こない人間を「もしかしたら、もしかしたら」ってずっと待つんだ。
ただひたすら何時間もずっと座っているだけだ。
今思い出しても苦しみがこみあげてくる。
「これで帰ったら終わりなんだ」と思うと、帰れなくなってしまった。
好きじゃなかったって知っていたら、こんな無理はしなかったのにな・・・

ずっと忘れようとしてるのに、未だに一日も忘れることが出来ていない。
割り切れる人間の方が、本気で人を好きにならない人間の方が幸せなのかな。
人を好きになることは、本当に良いことなのかな。
いいことなんて、何一つない。
好きになるなんてくだらない。


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生き物が好きだった少年時代
2009-02-01-Sun  CATEGORY: 日々の雑多な記録
俺はどんな子供だったかというと、多分みんなが思っているのと違っていると思う。
東京の杉並区でそだち、そののち東村山にこしてきた。東京育ちだけれども、
俺は勉強なんて全然しないで、外にいって自然の中で遊びまくる子供だった。

中学校も高校もほとんど塾なんていっていなかった。
進学校でもなかったし、勉強は別にすきでも何でもなかった。
ただ負けず嫌いだし、勉強は苦手ではなかったので成績は良かった。

子供のころはとにかく生き物が大好きだった。
かえるやへびなんかが道にいると、捕まえるのに必死だったきがする。
保育園のころは、死んだはちをひろって、自分ではりをさしてしまうし、
けむしまでとってきた。。。

夏になると善福寺公園にいっては、せみが羽化するのを見に行っていた。
また浜田山の先に杉並区で唯一の雑木林があって、休みになるとそこに行っては
かぶとむしやらを探し回った。そこで、初めて玉虫を捕まえたのがうれしかった思い出がある。
また、善福寺池や井の頭公園は水遊びのかっこうのスポットで、ざりがにを捕まえたり、すじえびをとったりと大好きな場所だった。

旅行に行くと、かならず虫かごを持っていき、何かいないか探すのが目的になっていた。東京にはなかなかいない、腹が真っ赤なイモリをとったり、水かまきりやげんごろうをとっては喜んでいた。

中学になると、夏休みによっちゃんという友達とくわがたをとりにくのが日課になった。
夜になると玄関先で自転車の呼び鈴がなる。
玄関にでると、よっちゃんとよっちゃんが誘った同級たちが集まっている。
「柴田~いくぞ!」という感じで、みんなでライトを持って夜の山やでかい家の裏や栗林に出かけていくのだ。

だいたい夜中ずっと遊びまくって、オールになる。一夜でかぶとむしを30匹ほど捕まえたこともあった。一番とれるのが八国山という家の前の山というより、小さい空き地にある一本のくぬぎや、大きなけやきがある普通の家の庭だった。ようするに夜中に人の家に勝手に入って、どきどきしながらとるのだw 

中学のとき、山梨にオオクワガタをとりにテントをもっていったことがある。全然とれないといわれていたのに、夜中に林に入って、メスを一匹取って、すごいうれしかったのを覚えてる。天然のオオクワガタか貴重だ。

高校の体育祭をさぼって、よっちゃんと福島にヒメオオクワをとりに行った。2人で桧枝岐村までいって、テントをはってすごす。初めて取れたときはとてもうれしかったな。
そこで車に乗せてもらった人にクワガタを売っているお店を教えてもらった。よっちゃんはそこでバイトを始めるようになり、就職までしてしまった。
マニアックだったが、よっちゃんはジャニーズ系のイケメンで、話しがおもしろくてみんなの人気者だった。当時の一番の親友だった。

そして、趣味はやたらマニアックになっていった。ギラファノコギリクワガタやら黄金オニクワガタやらを購入して、卵を産ませて成虫まで育てるブリーディングまでするようになり、虹色クワガタやヘラクレスオオカブトまで、幼虫から成虫に育て上げりした。ヘラクレスなんかは幼虫が手のひらにおさまらないくらいでかくなる。嫌いな人には恐怖だろうな。生まれた成虫は13センチにもなった。

そんな趣味が終わったのは、大学入学前だった。
ずっと一緒だったよっちゃんが亡くなった。

電車に乗って新宿に向かっている途中、一本の電話が友達からあった。
「よっちゃんの告別式に何時にくる?」
「は?何言ってるの」
「知らないの?よっちゃん昨日、心筋梗塞で亡くなったんだよ」
俺は悪い冗談かと思ったが、駅前の葬儀場に行くと、よっちゃんの名前がそこにはあった。

ずっと一緒だった親友を亡くして、一つの趣味が終わった。
一人でやっていてもつまらなかった。


あいつも生物部にはいって生き物がすきみたいなこといってたな。
当時はそんな話したことなかったけど、もうちょっと上手くやっていたら
もっと楽しくできたかもしれないな。




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