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大切な人に対する想い
2009-07-23-Thu  CATEGORY: 心の声
大切な人のために自分を犠牲にすることができますか?

自分が大切だと思う人を命がけで守れるように、人を大事に思えること
聞こえはいいけど、それが本当に幸せなのだろうか。

俺は、本気で誰かを好きになったら、きっとその人のためなら
その人と一緒にいれるなら、命をかけたりできるだろうなって思う。
それくらい人を好きになれるし、きっとそれが大切なことなのだって思いたい。

でもね


漫画やドラマみたいに、その気持ちが相手に伝わることなんて
都合よくはいかない


あれから1年がたった。
いろいろ頑張って、抜け出そうとしたけど
うまくいかなかったな。



1年前の夏、俺は一人の女の子に会いたくて、新潟に行くことを決めました。
ちょっとの間だけど、付き合っていたはずの人です。


人を好きになる瞬間って、とても幸せですよね。
お互いの想いを伝えて、好きだという気持ちであふれて
そんな瞬間に急に突き放されたら、どうすれば良いのでしょうか


彼女と一緒にすごしたのは、たったの1日でした。
長岡で出会ってから、彼女のほうからメールでアピールがたくさんきて
気づいたらすきになっていて、会いに行った日です。

海で告白しあって、確かに相手も好きだと言ってくれて
ずっと一緒にいたいって、ずっと大切にしていこうって
そんな1日が、最初で最後でした。

楽しかったはずの終わりに、急に気持ちに応えられないと
言われて、ゆっくりと答えを出せる仲でいたいと言われて
しまって、わけがわからないまま、別れることになった。
それから2度とあうことも、ちゃんと話し合うこともできませんでした。

その後の電話でいわれた言葉は今でも頭に残っています。

『これ以上の関係を求められても迷惑なんですよ!』


・・・・・


1年前、彼女が留学に行く前に、どうしてもちゃんと話をしたかった。
ずっとわけが分からなくて、ずっと会いたいと思っていて
何より、ずっと自分の気持ちが消えることがなかったから


駅で待ってると一方的につげて、ずっと待ちました。
待ちすぎたと思いますし、あきらかに嫌がれていました。


俺はストーカー扱いされていました・・・


そのご、ようやく理由が分かったけど、何も変わらなかった。
知りたかったはずなのに

「あなたを通して最初から別の人を見てました。」

俺は片思いの人と声が似ていただけでした。
俺は彼女の擬似恋愛に付き合わされていただけでした。


あれから1年がたちました。
結局何も変わらなかった。
最近は大丈夫なふりをしてきたけど、
本当は365日このことを考えない日はありませんでした。
朝起きると、頭に浮かんでは消える繰り返しです。
心のそこから楽しいと思える日はなかった。


今でも好きなの? と聞かれたら

「そうだ」としかいえない答えられない自分がいる。


たった1日だけ
擬似恋愛をさせられただけ
使い捨てにされただけ

分かってるんだけどね。


人を好きになるってなんなんだろう
ずっと好きでいられることって素敵なことなんだと
思いたいんだけどね。

今はそれが重荷ですね。

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臓器移植法案と人の死と
2009-07-14-Tue  CATEGORY: 政治・社会への雑感
昨日臓器移植法の改正案Aが可決された。長年にわたって日本の臓器移植の進展が
困難であっただけに、とても重要なことであったと思う。

7月の日曜日、武蔵境の駅で、子供の募金を求めている親がいた。
2歳の息子が原因不明の病で、アメリカで臓器移植を受けないと助からない。
そのための費用に1億円が必要であるため、募金をしていたのだ。

臓器移植のために億単位のお金が必要になる。
珍しい話ではない。
彼らにはこの法案を待っている時間もないのだろう。

臓器移植の話はとても難しい話であると思うが、私は改正案Aが可決されることが
望ましいことだという意見だった。

B案、C案、D案とあったわけだけど、どれも即座に子供への臓器移植を認める
内容ではなかったため、実質的には改正案Aを可決して、臓器移植を可能とさせるか
それとも、臓器移植の道を閉ざすかの2択でしかなかった。

A案以外の支持者の意見に共通であるのは、

「脳死を死とすること」への反対である。実際に脳死の子供を持つ親は、自分の子供を
死んだように扱われることに憤りを感じているのは事実であるし、彼らの意見はもっともなのだろう。

確かに「脳死を死とすること」が正しいとはいえない。しかし、それによって生きる可能性がある
臓器移植を待つ人々がたくさん死んでいる事実に対応する方が私は重要だと思う。
「自分の子供が死んだと認めたくない」というものに比較して、実際に見殺しにするという方が
責任は重いだろうというのが私の根底にある。

改正案Aは親が認めない限り、臓器移植をされることはない。
子供への臓器移植の選択肢自体を閉ざして、見殺しにする理由に、
「脳死を死とすること」に対する反対だけでは、ちょっと違うのではないかと思う。

もちろん、それに対する反対があってしかるべきであると思う。
死の問題とはとても難しいし、実際に脳死の子供を持っている人から
してみれば、そんな簡単に割り切れないだろう。

この問題は非常に難しい

日本で臓器移植が認められないのならば、アメリカで実施することがよいのだろうか。その臓器は誰のものなのだろうか。

1億円のお金を集めるまで、苦労しなければならない現状でよいのだろうか。考えてはいけないのかもしれないが、その1人の命が救える1億円で、アフリカでは一体何人の子供が救えるのだろうかとも考えてしまうと、より複雑な気持ちになる。

少なくとも私は

「脳死を死とすること」への感情的な反対よりは、
「助けることができる子供を救える道」を選ぶのが大切ではないかと思う。
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笑顔がいいのかな
2009-07-13-Mon  CATEGORY: 心の声
この前、『あなたはいつも笑ってるイメージ』と、言われた。
そうかもしれない。人と一緒にいるときは、笑っていることが多いかな。
笑顔で入れるなら、楽しいし、幸せな感じがするから、よいと思う。
それで周りを明るく出来るなら、それがよいよね。


人を好きになるとき、その人の笑顔を好きになることが多い気がするな。

帰り際に笑ってくれた顔とか、そういうのを好きになったり、

すごい記憶にある顔は、その人の笑顔だったりするよね。

笑顔が素敵な人が、とても良いと思う。

自分もそういう風に、笑うことで、誰かを幸せに出来たらすばらしいんだけどね。




それでも、最近は1人でいると笑顔でなくて、暗い顔をしているときも多い。

嫌なことを考えてしまって、昔を思い出しては

自分を1人で追い詰めてしまう。

昨日もそんな感じになってしまって、とても辛くなったけど

知り合いとお話をして、笑いあったら、ちょっとすっきりした。

誰かと一緒に笑顔で入れることは、心の薬なのかもしれないね。

辛いときこそ、暗くならないで

誰か大切な人と、笑顔でいれれば

きっと乗り越えていける気がしました。
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人と人との触れ合い
2009-07-07-Tue  CATEGORY: 日々の雑多な記録
人と人とのつながりが自分の人生を形作っているのだと、この週末実感した。

土曜日に大学時代の研究会(他のところで言うゼミ)の先生が退官近いという
ことで、渋谷までドロップインパーティにいってきた。
突然の集まりだったので、あまり来ないのではないかと思ったけれども
懐かしい人がいっぱい集まってきて、とても良い会になったと思う。
先生も生徒がいっぱい集まってきていて、とてもうれしそうにしていた。

大学時代は研究会が中心だったから、そこで仲間と議論して
自分の研究をして、とてもよい日々をすごさせていただきました。
きっと、自分の人生の中でも大事なときだったと思う。

大学とのつながりは、もうこの研究会くらいしかないから、
今年でこの研究会がなくなると、あまりSFCに行くことなんてないんだろうなって思う。
人と人とのつながりが自分の人生の糧になっているのだということに気づかされる。
できれば、そういったつながりは大切にしていきたい。



日曜日は最近結婚した友人との飲み会を開いた。
千歳烏山というとこに、新居を構えているということで、周辺にあつまった。
とても幸せそうでうらやましいもんだね。

まわりも家族をつくって、どんどんつながりをつくっていく
こうやって、人生が豊かになっていくんだなって思う。




誰かが誰かとつながって、

自分がその誰かとつながって、

それがどんどんひろがって

そういう社会で生きていきたいね。


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物事の中身を考えるということ
2009-07-05-Sun  CATEGORY: 政治・社会への雑感
自分の意見を持つということはどういうことだろうか。

メディアでは最近の政治情勢で、連日のように日本政治の末期症状をおもしろおかしく
報道していて、それに乗っかるように、人々は流されて支持を減らしたり、増やしたり・・・
ネット上だとかの意見を見てみると、本当に日本人は物事を考えられる人が少ないんだな
って愕然とするときがある。

国立漫画喫茶とか、

郵政民営化だとか、

本当にそれを考えていますか?

メディアに流されている情報だけを知って、あれはお金の無駄遣いだからけしからん!とか
情報のコピーで頭の中をすり替えているだけではないだろうか。

国立メディア芸術総合センターはだめなことなのか。それは中身を見てみないことには分からないはずだと思う。117億建設費にかかるであるとか、漫画喫茶をわざわざ国が作るのはけしからんだとか、表面的なことを言っているだけでは、考えを持っていることにはならない。

わが国が世界に誇る漫画やアニメの文化を発信していくのだから、あれは良いものだと言うの、なにを持ってよいといっているのかわからない。慶応大学の竹中平蔵の弟子だとかいう教授でさえ、この意見だった。がっかりでしかない。レベルの低い教授が慶応大学にはいるんだなと母校に嫌気がさしてしまった。

肝心なのは中身のはずだ。この箱物がどういう展示やイベントを実施して、どのように漫画文化の発信をできるのかが重要なはずだろう。それによって、いくらの集客が見込まれており、どのような効果がでるのかの数値を出して、計画を策定する。民間企業が当たり前にしていることだ。

では、国立メディア芸術総合センターはどうなっているのか。

答えは「何もきまっていない。」である。

阿部さんのころから議論をやってきた。というだけで、今決まっているのは117億かけて箱を作るということだけなのである。文部科学省はこれから民間に依頼して企画を考えてもらうらしい。典型的に赤字になるパターンだ。

漫画文化を世界に広げるためにとか、そういうことは良いことだと思うが、このままこの、箱物をつくっても、そうはならないだろうな、という状況であると思う。そういった点で私は反対という意見を持っている。


郵政民営化の人事問題はどうだったろうか。あれだけ不祥事があったのだからけしからん。という鳩山の”正義”とやらは正しいのだろうか。ただ、言葉に流されていやしないだろうか。かんぽの宿の問題は、第三者委員会が適正な取引であったという結論を出している。郵政がやったのは単なる値段の競争ではなく、金融業界でとられるような当たり前の手法を使ったに過ぎないという結論だ。そして
年間の赤字を考えれば、適正な価格であるという評価だ。

あの箱物を作ったのは官僚たちであり、介護詐欺をやらかしたのも郵政省のころの話だ。それをもって、民営化にともないやってきた西川社長を更迭ということで本当に良いのだろうか。そういった視点で議論をする必要があるのではないだろうか。

裏で小泉や竹中が手を回したからとか、麻生は最初は首にするつもりだったとか、表面的な政治論争にすりかわって、物事の本質が見えなくなってしまっている。それを鵜呑みにして、何も考えていないで、あれは悪い!とか思っている人がたくさんいるのは悲しい現実だ。

ネットメディアがあふれていることによって、逆に物事を自分で捉えて考える力がなくなってきているのではないだろうか。

ネット上の議論に感銘したことよりも、幻滅したことのほうがはるかに多い。

何も考えずに、どっかのメディアや三流紙が書いたような情報で、批判を繰り広げる人たちがたくさんいる。

自分で物事の本質を捉えようという努力をすることは、情報をなるべく多様な視点で集めて、それを噛み砕く力が必要だ。それによって、初めて自分の意見が生まれ出てくるのだと私は思っている。

また、メディアの中に流されて、選挙がはじまってしまわないかと、
それだけが気がかりでなりません。




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