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人を想う気持ち
2010-03-30-Tue  CATEGORY: 心の声
人を想う気持ちって何だろうか。
最近はいろいろあって,よくそのことを考える。

例えば,恋愛ごと。

俺は人を好きになったら,その人を嫌いになったり,好きじゃなくなったりすることはほとんどない。正直めっちゃ嫌な目にもあったことがあるし,嫌いになってもいいんじゃね?って一般的に思えることもいっぱい経験している。でも,相手を嫌いになったことはない。

たとえ嫌な別れ方であったとしても,愚痴はいっぱい言ってかなり引きづるけども,相手に対してつっかかっていったり,口撃したりとかっていうのはしない。たとえ何を自分がされたとしても,好きだった相手に対して, そういったことをするのは男として終わっていると思う。

大切な人だと思ったならば,何があっても大切にしてあげるべきだろう。
それができないのなら,最初からその人を大切に思ってないってことだと自覚するべきだ。

俺は女々しいけどw そうは思っている


例えば,誰かを助けたいって気持ち

自分でもこれはよく分かっていない。最近それ関連の日記を書くから勘違いされるけど,俺は聖者じゃないから,誰も彼もを助けたいとか全然おもってないよ。

アクセンチュアの社会貢献推進部にいて,そういった活動をしていうけど,すごい奉仕の気持ちをもっているのか疑問を感じる。サークル活動的な自己満足な気もしている。セカンドハーベストというNGOを通じて,ホームレスに対する炊き出しをやる企画が推進中なのだが,正直興味ない。ホームレスとか頑張って生きて欲しいけど,支援する気には全くならない。

でも,自分の友達であったり,まだ若く夢がある人とかが困難に直面していると,どうしようもなく何かしたい気持ちになる。

胸がうずうずして,居ても立ってもいられなくなる。
そうなると,ただ何もしないで傍観しているだけとか,自分には耐えられないんですよね。

そういう時があるんです。

ただ,それだけなんだけどね。
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傍観者ではなく行動すること
2010-03-18-Thu  CATEGORY: 政治・社会への雑感
島根県立大学の事件に対して、自分なりに行動できることを探して、自分には何も出来ることがないと思っていた。でも、実際に追悼する会に参加することで、自分にも出来ることが見つかってきた。

実際に彼女を知っている学生の方、しかも追悼する会を主催した学友会の方と連絡できるようになったことは大きい進展だ。単なる傍観者から一歩踏み出すことができるようになった。

①安全を守る会への募金の実施
みおさんを通じて、浜田市の安全を守る会に対して募金をすることにした。募金額は30万円で、こんなに多額に寄付をすることは初めてだ。今まで募金や寄付なんて、あまり実感なく、「まあ良いことかな」くらいで千円ほどしかしたことはなかった。しかし、今回は学生さん達の安全を守るために、自分で資金を提供したいという気持ちが高まった。こういうのを本当の寄付というものなのだろうと実感する。こういうお金の使い方をすべきなのだとも実感する。

加えて、以下の2つの行動が実現できればと思っている。今後、この事件に対して何かできることがあるならば、2つの側面が重要だと考えている。1つは事件を風化させない取組み。2つ目は事件を解決する、もしくは防犯に対する取組みだ。

②事件を風化させない取組みについて
現在、県立大学では事件を風化させないための花壇の設置などを行う計画をしている。私がみおさんに提案して相談しているのは、都さんの名前を使った貧困削減を目的とする基金を設立すること。理由はそれによって、彼女の夢である貧困削減を少しでも叶えてあげられるのではないかということ、彼女の生きた証を今後も伝えることができるとうことである。彼女のサークルがユースエンディングハンガー島根というハンガーフリーワールド参加の学生団体であることもあり、ハンガーフリーワールドに設置することができないかと考えている。

③事件解決・防犯に対する取組みについて
この事件を解決するためには、コミュニティの力が必要だ。浜田市全体で防犯や解決に向けた力を結集する必要があると考えている。理由は、犯人が近隣に潜んでいる可能性が高いからだ。警察が実施したプロファイリングは通学路付近に住む20代~40代の男性という犯人像だ。私も実地検証をした感じでは、近隣の土地勘のある人ではないとありえないと思っている。そのため、浜田市や周辺の市において、市民一人一人が近隣の不審者などの情報を収集したり、確認しあうことが最も事件解決に近づくはずである。単純に言えば全ての市民が隣の人を確認できれば、犯人は見つかるはずだ。

私が考えた対応策は浜田市の全住宅に対する歩スティングによるチラシ配付と周知活動だ。

学生達や安全を守る会などのなるべく多くの市民の参加を募って、人海戦術で全ての住宅を訪問し、チラシを配付して、情報収集と市民間連帯を訴える活動をするということだ。少しでも多くの市民に単におびえて暮らすのではなく、コミュニティ全体で解決に向けた姿勢を示し賛同してもらう人を増やしていく。これにより、情報収集の活発化や犯人に対する圧力を生むことが出来るのではないかと考えている。これについては、みおさんと相談していって、是非実現させたいと思う。そのための労資の提供は惜しまないつもりだ。

何かできることが見つかってきた気がする。
自分の出来る限りのことをしていきたい。
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いのちの大切さ ~平岡さんの追悼式を受けて~
2010-03-04-Thu  CATEGORY: 心の声
今週、誰にも目的地を告げずに一人で旅をしてきました。
本来はこの旅の詳細は誰にも告げないで心に秘めておこうと考えていました。その理由は、とても暗い内容だし、こいつ何やってるんだとか思われるかなと思ったからです。でも、このことは皆に共有すべき内容なのではないかと思い、ここに記すことにしました。

私が旅した場所は島根県です。
2月の繁忙期の休みを代わりにとることができて、急遽休めたため行くことにしました。出雲空港から出雲大社や石見銀山などの行ってみたかった観光地にいったけど、本当の目的は別にありました。






3月3日、島根県浜田市 島根県立大学
昨年10月11月、凄惨な事件があったその場所で、平岡都さんの追悼式が行われ、私はそこに参加するためにここを訪れました。

事件が発生したときから、自分の中では忘れられないものとなり、今でも気がかりでなりませんでした。でも、報道も少なくなり、世間は忘れかけているかのように感じました。そんな折、3月3日に追悼式を実施するという小さな記事をネット上で見かけました。もうyahooのトップには載ることもなくなった小さな記事でした。

私はそこにあった何かを知るために、衝動的に行ってみようと思いました。


浜田市は小さな町でした。これといった観光資源もなさそうだし、駅の周りもそこまで栄えていませんでした。それでも大学は思ったより拓けた明るい場所にありました。学生寮もICUみたいなうっそうとした感じを予想していたけど、ニュータウンの一角のきれいな住宅街の中にありました。ただ、ゆめタウンというホームセンターから、学生寮に向かう道の途中に雑木林の山肌を抜ける場所があり、とても薄気味悪い場所でした。そこが何かがあったと思われる場所です。


事前に式を準備している学友会執行委員会の方からメールのやり取りをすることができ、遠方からの参加を歓迎してくれて大変うれしかったです。式では皆でいきものがかりの「YELL」を歌うので、一緒に歌ってくださいとのことでした。




式は大変に重く、事件に対する悲しみと、学友達のそれでも前に進もうとする気持ちに溢れたものでした。そして、そこには確かに都さんが生きてきた証がありました。


・少人数の英語の授業がとても好きで、積極的に英語で発言をしてクラスを明るくしてくれました。
・外国に手紙を送ってやり取りをする課題をとても楽しんでやっていて、返事を彼女に渡すととても喜んで、メールを送り返していました。夏休みにはさらに外国に手紙をたくさん送って、55枚のはがきを外国の友人からもらって、とても喜んでいました。
・9月に外国から教授を招待して学会を開いた際に、通訳として活躍し、彼女も動物虐待について1時間を英語でプレゼンをしたそうです。
・サークルでは、アフリカなどの貧困撲滅を目指して、浜田駅での募金活動を笑顔で行い、世界から貧困を無くしたいと頑張っていたそうです。
・アルバイトをしていたのは留学に行きたいためで、海外で活躍して国際機関などで働いて貧困撲滅のために働く夢を持っていました。
・事件直前の10月の学園祭では、アフリカのお菓子などを笑顔で売っていたそうです。

そして、事件前日にサークルの部長にきたという最後のメール

「学生のうちにできることを沢山して、夢に近づけるよう努力したい」


夢に向かって努力するすばらしい学生の姿がそこにはありました。


涙が溢れてきて、止めることが出来ませんでした。




・・・・・


テレビやインターネットには毎日のように世界中の人の死に係る情報が溢れていて、みんな気にも留めないようになってきているように感じます。この事件も一時期はテレビや週刊誌などで大騒ぎして、人の気持ちを踏みにじるような記事も散乱していたのに、今では皆が忘れてしまっているようです。

でも

1つのいのちには、沢山の物語があって、周りの友人や家族などとの沢山の繋がりがあります。私はそれを知りたいと思って、追悼式に参加することにしました。1つのいのちの重さと大切さを知るためです。


気づくと彼女の夢に向かっていく姿に惹かれていたように思います。自分の19歳のときと重ねていて、それが絶たれた無念さを考えると、胸が引き裂かれるような思いがします。



いのちの大切さをかみ締めて
都さんの夢を自分の心に刻んで
自分も前を向いて生きていきたいと強く思いました。




今までで一番悲しく、それでも前を向こうという思いを乗せたYELLを歌いました。


「”わたし”は今どこに在るの」と 踏みしめた足跡を 何度も見つめ返す
枯葉を抱き 秋めく窓辺に かじかんだ指先で 夢を描いた
翼はあるのに 飛べずにいるんだ ひとりになるのが 恐くて つらくて

優しいひだまりに 肩寄せる日々を 越えて 僕ら 孤独な夢へと歩く
サヨナラは悲しい言葉じゃない それぞれの夢へと僕らを繋ぐ YELL
ともに過ごした日々を胸に抱いて 飛び立つよ 独りで 未来(つぎ)の 空へ

僕らはなぜ 答えを焦って 宛ての無い暗がりに 自己(じぶん)を探すのだろう
誰かをただ 想う涙も 真っ直ぐな 笑顔も ここに在るのに

永遠など無いと気付いた時から
笑い合ったあの日も 唄い合ったあの日も
強く 深く 胸に 刻まれていく
だからこそあなたは だからこそ僕らは
他の誰でもない 誰にも負けない
声を 挙げて ”わたし”を生きていくよと
約束したんだ ひとり ひとつ 道を選んだ

サヨナラは悲しい言葉じゃない
それぞれの夢へと僕らを繋ぐ YELL
いつかまためぐり逢うその時まで 忘れはしない誇りよ 友よ 空へ

僕らが分かち合う言葉がある こころからこころへ 声を繋ぐ YELL
ともに過ごした日々を胸に抱いて 飛び立つよ 独りで 未来(つぎ)の 空へ
















バイト先から学生寮までの道のりを彼女が行方不明になった時間にたどってみた。一時期、彼女は駅の方にいったんじゃないかって報道があったが、駅に向かう道はありえないと思いました。10時近くでも車や人はある程度いるメインのとおりを一本行くだけだったから・・・


駅に行く道を途中で曲がり、セブンイレブンの前を通る。そこまでは人気のあるとおりだった。
そこから山をのぼる道がある。これが、大学までの近道になっていた。

100302_2102~01

暗い一本の道、女の子が一人で通る道ではない。
とくに黙ってとまっている車の横を通るとき、とてつもない恐怖を感じた。


100302_2107~01

この写真は彼女の靴が見つかったという側溝のあたりの様子だ。事件後に街頭を増やしたらしいが、見てのとおり真っ暗で恐ろしい場所だ。ここで事件が起きたのは間違いないと思う。

そして、

この場所に学生が通るのを知っているとしたら、周辺に住んでいる人でしかありえない。
ちょっと訪れただけでは絶対に通らない、そんなマイナーな道だから




自分にサイコメトラーみたいな力があればいいのに・・・

それより、

自分が過去に戻れたらいいのに・・・・


何かできることがないかと思い辿った現場だったけど、自分の無力さを感じるだけだった。








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