資格をしこたまとって、仕事して、一流コンサルを目指す、常識ではありえない人間関係に振り回される外資系企業マンの日記
ぶろぐろぶを超えろ
歴史認識から日本人の質がさがっている気がしてならない・・・
2008-12-01-Mon  CATEGORY: 政治・社会への雑感
日本人は大丈夫なのかなとときどき思ってしまう。
特に田母神問題とかのような歴史認識とかに関して、何か問題があるといつも感じる。
mixiやyahooとかを見ていると、彼を支持する意見が多数存在する。
別に支持することは構わないと思う。言論は自由だ。
だから、私も彼の意見を否定しないし、その解釈も可能なことであると思う。

しかし、

彼らのコメントを見ていると、考えなしに、歴史を真剣に捉えた形跡がない方が多い。
ただ単に、小林よしのり的な思想を持っていて、その主張を展開しているだけだ。
自分で考えて物事を発していない。

歴史は非常に難しい学問だと思う。

それは書物や歴史物の解釈であるし、人の判断や、時代の価値観、発見され事実の有無にさえ依存している。また、それは勝者によって都合よく作られたものかもしれない。

その解釈に中立性を付与して、読み解くのが歴史学だ。
いかに客観的に、正しい解釈を行えるか。そこが重要となる。

そのため、歴史には様々な視点があってしかるべきであり、日本が侵略国家ではない。という見解そのものは、ひとつの解釈であり、そういった視点があるのも事実である。と私は思う。事実そう解釈できる点が存在する。その点だけを集めたのが田母神論文だ。

しかし、だからといって、別の視点を失ってはいけない!と強く言いたい。

侵略だと解釈する人がいる。実際に日本兵に殺されて、家を奪われて、犯されて・・・ そんな人が沢山いる。それは沢山の写真や書物が残っているし、生き残った人の証言もある。その人たちにとっては、日本がやったことは侵略でしかない。

いくら、欧米によって戦争に引き込まれただ。近代化に寄与しただ言って、だから、侵略国家ではないという論理が、彼らには通じないだろう。

もし、日本が侵略国家でないと主張するならば、戦争を体験してきたおばあちゃんや、おじいちゃんに行って見せればいい。東南アジアなどの現地で、実際に体験した人たちに、その理論を正面からぶつければいい。それで彼らを納得させることができるなら、その歴史が正しいだろう。
誰かが、その行為を侵略だとおもった時点で、そこには侵略の歴史が生まれる。

多様な解釈が成り立つ歴史だからこそ、自分と違う歴史認識と比較して、解釈と解釈とをぶつけあっていくことで真の歴史が見えてくる、多面的な歴史が見えてくるはずだ。歴史とは本来そうあるべきものだ。

持論に固執して、自分の歴史観が一番正しいといって、他の歴史を認めない姿は、歴史を積み重ねるという行為を放棄しているに等しい。そして、その姿は非常に醜いとさえ感じてしまう。

持論の固執するのではなく、対話を通して、歴史に真摯に向き合う。
今の日本人はこれが出来ている人が少ない。
非常に悲しいと思う。





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