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いのちの大切さ ~平岡さんの追悼式を受けて~
2010-03-04-Thu  CATEGORY: 心の声
今週、誰にも目的地を告げずに一人で旅をしてきました。
本来はこの旅の詳細は誰にも告げないで心に秘めておこうと考えていました。その理由は、とても暗い内容だし、こいつ何やってるんだとか思われるかなと思ったからです。でも、このことは皆に共有すべき内容なのではないかと思い、ここに記すことにしました。

私が旅した場所は島根県です。
2月の繁忙期の休みを代わりにとることができて、急遽休めたため行くことにしました。出雲空港から出雲大社や石見銀山などの行ってみたかった観光地にいったけど、本当の目的は別にありました。






3月3日、島根県浜田市 島根県立大学
昨年10月11月、凄惨な事件があったその場所で、平岡都さんの追悼式が行われ、私はそこに参加するためにここを訪れました。

事件が発生したときから、自分の中では忘れられないものとなり、今でも気がかりでなりませんでした。でも、報道も少なくなり、世間は忘れかけているかのように感じました。そんな折、3月3日に追悼式を実施するという小さな記事をネット上で見かけました。もうyahooのトップには載ることもなくなった小さな記事でした。

私はそこにあった何かを知るために、衝動的に行ってみようと思いました。


浜田市は小さな町でした。これといった観光資源もなさそうだし、駅の周りもそこまで栄えていませんでした。それでも大学は思ったより拓けた明るい場所にありました。学生寮もICUみたいなうっそうとした感じを予想していたけど、ニュータウンの一角のきれいな住宅街の中にありました。ただ、ゆめタウンというホームセンターから、学生寮に向かう道の途中に雑木林の山肌を抜ける場所があり、とても薄気味悪い場所でした。そこが何かがあったと思われる場所です。


事前に式を準備している学友会執行委員会の方からメールのやり取りをすることができ、遠方からの参加を歓迎してくれて大変うれしかったです。式では皆でいきものがかりの「YELL」を歌うので、一緒に歌ってくださいとのことでした。




式は大変に重く、事件に対する悲しみと、学友達のそれでも前に進もうとする気持ちに溢れたものでした。そして、そこには確かに都さんが生きてきた証がありました。


・少人数の英語の授業がとても好きで、積極的に英語で発言をしてクラスを明るくしてくれました。
・外国に手紙を送ってやり取りをする課題をとても楽しんでやっていて、返事を彼女に渡すととても喜んで、メールを送り返していました。夏休みにはさらに外国に手紙をたくさん送って、55枚のはがきを外国の友人からもらって、とても喜んでいました。
・9月に外国から教授を招待して学会を開いた際に、通訳として活躍し、彼女も動物虐待について1時間を英語でプレゼンをしたそうです。
・サークルでは、アフリカなどの貧困撲滅を目指して、浜田駅での募金活動を笑顔で行い、世界から貧困を無くしたいと頑張っていたそうです。
・アルバイトをしていたのは留学に行きたいためで、海外で活躍して国際機関などで働いて貧困撲滅のために働く夢を持っていました。
・事件直前の10月の学園祭では、アフリカのお菓子などを笑顔で売っていたそうです。

そして、事件前日にサークルの部長にきたという最後のメール

「学生のうちにできることを沢山して、夢に近づけるよう努力したい」


夢に向かって努力するすばらしい学生の姿がそこにはありました。


涙が溢れてきて、止めることが出来ませんでした。




・・・・・


テレビやインターネットには毎日のように世界中の人の死に係る情報が溢れていて、みんな気にも留めないようになってきているように感じます。この事件も一時期はテレビや週刊誌などで大騒ぎして、人の気持ちを踏みにじるような記事も散乱していたのに、今では皆が忘れてしまっているようです。

でも

1つのいのちには、沢山の物語があって、周りの友人や家族などとの沢山の繋がりがあります。私はそれを知りたいと思って、追悼式に参加することにしました。1つのいのちの重さと大切さを知るためです。


気づくと彼女の夢に向かっていく姿に惹かれていたように思います。自分の19歳のときと重ねていて、それが絶たれた無念さを考えると、胸が引き裂かれるような思いがします。



いのちの大切さをかみ締めて
都さんの夢を自分の心に刻んで
自分も前を向いて生きていきたいと強く思いました。




今までで一番悲しく、それでも前を向こうという思いを乗せたYELLを歌いました。


「”わたし”は今どこに在るの」と 踏みしめた足跡を 何度も見つめ返す
枯葉を抱き 秋めく窓辺に かじかんだ指先で 夢を描いた
翼はあるのに 飛べずにいるんだ ひとりになるのが 恐くて つらくて

優しいひだまりに 肩寄せる日々を 越えて 僕ら 孤独な夢へと歩く
サヨナラは悲しい言葉じゃない それぞれの夢へと僕らを繋ぐ YELL
ともに過ごした日々を胸に抱いて 飛び立つよ 独りで 未来(つぎ)の 空へ

僕らはなぜ 答えを焦って 宛ての無い暗がりに 自己(じぶん)を探すのだろう
誰かをただ 想う涙も 真っ直ぐな 笑顔も ここに在るのに

永遠など無いと気付いた時から
笑い合ったあの日も 唄い合ったあの日も
強く 深く 胸に 刻まれていく
だからこそあなたは だからこそ僕らは
他の誰でもない 誰にも負けない
声を 挙げて ”わたし”を生きていくよと
約束したんだ ひとり ひとつ 道を選んだ

サヨナラは悲しい言葉じゃない
それぞれの夢へと僕らを繋ぐ YELL
いつかまためぐり逢うその時まで 忘れはしない誇りよ 友よ 空へ

僕らが分かち合う言葉がある こころからこころへ 声を繋ぐ YELL
ともに過ごした日々を胸に抱いて 飛び立つよ 独りで 未来(つぎ)の 空へ
















バイト先から学生寮までの道のりを彼女が行方不明になった時間にたどってみた。一時期、彼女は駅の方にいったんじゃないかって報道があったが、駅に向かう道はありえないと思いました。10時近くでも車や人はある程度いるメインのとおりを一本行くだけだったから・・・


駅に行く道を途中で曲がり、セブンイレブンの前を通る。そこまでは人気のあるとおりだった。
そこから山をのぼる道がある。これが、大学までの近道になっていた。

100302_2102~01

暗い一本の道、女の子が一人で通る道ではない。
とくに黙ってとまっている車の横を通るとき、とてつもない恐怖を感じた。


100302_2107~01

この写真は彼女の靴が見つかったという側溝のあたりの様子だ。事件後に街頭を増やしたらしいが、見てのとおり真っ暗で恐ろしい場所だ。ここで事件が起きたのは間違いないと思う。

そして、

この場所に学生が通るのを知っているとしたら、周辺に住んでいる人でしかありえない。
ちょっと訪れただけでは絶対に通らない、そんなマイナーな道だから




自分にサイコメトラーみたいな力があればいいのに・・・

それより、

自分が過去に戻れたらいいのに・・・・


何かできることがないかと思い辿った現場だったけど、自分の無力さを感じるだけだった。








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